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コーチ連載コラム: 私の指導キャリア 1

 04, 2011 10:00
堀越高校サッカー部コーチ 佐藤 実

サラリーマン時代(関東リーグではプレイはしていたが...)にサッカーへの未練が捨てきれず、本格的に指導者を目指し退職。晴れてプロコーチに、しかし実態はプロとは程遠いサッカーコーチ浪人に陥ってしまった。サッカーでの収入は殆どなく、9年程フリーター兼サッカーコーチをやっていた。

退職して一年は堀越でコーチ見習いをやらせてもらい翌年からは、私の父の母校である長野県松商学園でサッカー部のコーチをさせて頂く機会を得た。ちなみに父はバレーボール部だったらしく、当時の松商のバレーボールといったら県内には敵がおらず、父もそれなりに知名度があったためか、すんなり話がまとまってしまった。

とにかく全国の常連校で勉強したかったので、サッカーでの収入はなく、寮費(選手と一緒に住まわせてもらっていた)を払わなくて良いという条件で長野での生活がスタートした。昼間はバイト、夕方からは練習の日々。毎日が充実していた。

松商学園に在籍した8年間に、大出監督(JFA公認指導者ライセンスS級(以後S級ライセンス)保持者)から指導のいろは全てを仕込んで頂いた。ブラジルと交流も行っていて、2年に一度、春休みに2週間ブラジル遠征を行い、遠征の無い間の年は私が単身短期留学させてもったり、ブラジル人コーチが来日して指導してもらっていた。

その結果かどうかはわからないが、8年間で全国高校総体2回、全日本ユース選手権1回(北信越大会に優勝すると出場権がある)天皇杯全国大会(長野県の高校生チームとしては史上初)1回、全国高校選手権5回の全国大会を経験することができた。一緒に生活していた寮からも、2人の高卒Jリーガーも誕生した。2人目の高橋義希選手は現在J1べガルタ仙台で活躍している。

また、地方の学校は遠征が多く毎週土日は殆どマイクロバスに乗り東へ、西へ、私も2回目(1回目は普通自動車)の教習所通いの末大型自動車運転免許を取得し、バスのハンドルを握った。バイトも色々経験した。セブンイレブンの店員からスタートし、トラックのドライバー、掃除屋さん、ガソリンスタンドの店員、地図作成の調査員、日雇いの土木工事などなんでもやっていた。サッカーのためとはいえ、今考えると本当によくやっていたと思う。今、指導者を目指す若い人にはサッカーのために生活全てを変える覚悟がないと、人の心を変えることはできないと言いたい。

松商の大出監督も教員ではないので、自分で仕事をしてサッカーの練習に来られていた。タクシーのドライバーや自動ドアのメンテナンスなど時間の都合がつき易い仕事をしなら監督をやり、S級ライセンス(ラモスさん、都並さん、長谷川健太さん、山梨学院の吉永さん等と同期)まで取得された。そんな素晴らしい方の下でキャリアを積めたことは、本当にラッキーであった。

COMMENT 2

Horiko  2011, 07. 04 [Mon] 10:59

佐藤コーチ

佐藤コーチ有り難うございました。応援しています。

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おやじ  2011, 07. 04 [Mon] 13:31

現役に息子がいるおやじです。佐藤コーチのサッカーへの愛情が伝わってきますね!応援していますのでぜひ熱い指導よろしくお願いします。

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